こんにちは、佐佐木 由美子です。
久しぶりに、心がワクワクときめきました。
「この時代に、こんな才能豊かなアーティストがいたのか!」と目から鱗。
それは、スウェーデン出身の画家、ヒルマ・アフ・クリント(1862-1944)。
ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催された彼女の回顧展が、同館史上最多の60万人を動員したというのも頷けます。
今回、アジアで初となる大回顧展、しかも展示される約140点すべてアジア初公開ということで、非常に楽しみにしていた展覧会でした。
このエントリでは、本展の紹介と感じたことなどお伝えします。
ヒルマ・アフ・クリントとは
ヒルマ・アフ・クリントは、スウェーデンの裕福な家庭に育ち、王立芸術アカデミーを優秀な成績で卒業。アカデミックな画風による肖像画や風景画など描き、職業画家として活動しました。
その一方で、スピリチュアリズムや神秘主義的思想に傾倒し、降霊術の体験を通して、新しい抽象表現を生み出します。
それは、半ば無意識状態で高次の霊的存在から受け取ったメッセージを、ドローイングやテキストとして表現するというものでした。
あのワシリー・カンディンスキーが初めて抽象的な絵画を描いたとされる1910年より早い時期から、彼女は抽象的作品を生み出しているのです。
このことから、抽象絵画のパイオニアとして注目され、近年再評価が高まっています。

本展の構成と展示作品
本展は、ヒルマ・アフ・クリントの現代における評価を決定づけた代表的作品群「神殿のための絵画」(1906–1915)を中心に、制作の源泉を探るとともに、画業の全貌を紹介する貴重な内容となっています。
展示は、第1章「アカデミーでの教育から、職業画家へ」、第2章「精神世界の探求」、第3章「神殿のための絵画」、第4章「『神殿のための絵画』以降:人智学への旅」、第5章「体系の完成へ向けて」の、おおむね時系列で全5章から構成されています。
第1章では、風景画や児童書の挿画など職業画家としての顔を感じさせる作品が展示されています。



第2章になると、神智学(神秘的霊知によって神を認識できると説く信仰)に大きな影響を受け、作風が大きく変わっていくのがわかります。
17歳の頃から神秘思想やスピリチュアリズムに関心のあったアフ・クリントは、神智学協会に所属し、交霊会におけるトランス状態で霊的存在からメッセージを受け取り、作品を制作していきます。

十字架や草花、らせん、文字といったモティーフは、のちの「神殿のための絵画」にも多く見られます。
本展のハイライトと言えるのは、第3章の「神殿のための絵画」シリーズ。
アフ・クリントが構想した「神殿」のために体系的に描いた絵画群(1906年~1915年に制作)は、宇宙空間を思わせるような壮大な作品が並びます。

作品の中にも描かれている文字は多義的な意味があるようですが、WとUは特に彼女にとって重要な意味を持つ文字でした。物質(W)と精神(U)の合一を意味し、あるいは「進化」の印ともされています。

なかでも、高さ3メートルを超える10点組の絵画《10の最大物》は圧巻としか言いようがありません。


これらは、1907年8月に、人生の4つの段階についての「楽園のように美しい10枚の絵画」を制作する啓示を受けたことがきっかけだとされています。
しかも、わずか2ヵ月のうちに10点すべてを書き上げたというから驚きです。

薄暗い展示室の周りには壁に沿うように長椅子が配されているので、気に入った作品の前に腰を下ろし、じっくりと絵画を鑑賞することができます。
No1から幼年期、青年期、成人期、老年期と、色も青からオレンジ、紫、淡いピンクへと変化し、花や種子、果実を思わせるような独創的な世界が広がっています。

この10点を見るだけでも、十分に足を運ぶ価値があるといえるでしょう。
さらに奥に進むと、祭壇画が3点ある展示室へ。

これには惹き込まれます。
階層化された三角形は、神智学の教えにおける進化に関連しているものだそう。
作品No.1の色彩の変化は、とても美しいものでした。

その進化は、肉体的なものから精神的なものへと上昇していることを表しているようですが、この絵画から特にパワーと気高さが感じられます。

第4章では、「神殿のための絵画」以降の、水彩画で描かれた穏やかなタッチの作品が並びます。

ルドルフ・シュタイナーによって創唱された「人智学」の影響を色濃く受け、作風が大きく変化していることがわかります。
今の時代に、未知なる画家が発掘された興奮を感じる一方で、これまでの美術史の流れを汲めば、アフ・クリントとはいったい何者と定義でき得るのだろう?と、考えたりもします。
多くのアーティストは、これまでも神からの啓示的なもの、インスピレーションを得て、作品を生み出しています。
絵画も、文学も、音楽も、あらゆる創作活動において、これは自然なこと。
一方、アフ・クリントの創作の源を知り、正統な芸術作品として好ましいと思わない人もいるかもしれない。そういう危惧も感じないわけではありません。
それでも、彼女の描く作品は素晴らしく、人を惹きつける「何か」があります。

アートを巡るエッセイ
#ヒルマ・アフ・クリント展
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