こんにちは、佐佐木 由美子です。
人手不足が深刻化する一方で、人々の就労意識や働き方へのニーズが多様化しています。
日本ではかねてより、「急な残業を受け入れてくれる社員」や「転勤を受け入れてくれる社員」等を前提とした人事管理が行われてきました。
会社の人事権に大きな裁量があったため、働き手個人の事情が十分に考慮されないことが多かったといえます。
「正社員として働くこと」で雇用は安定的に守られる一方、それとは引き換えに個を大事にする働き方は許されない雰囲気がありました。
しかし、そうしたやり方はもう限界にきています。
なぜ、従来のような正社員の働き方ができなければ、たとえ同じような仕事をしていても非正規雇用となって労働条件が低下してしまうのでしょうか。
日本では、雇用形態がまるで身分のように人を縛っていると感じることがあります。
多様な個人の労働参加を促していくためには、各々のライフスタイルや価値観に応じた多様で柔軟な働き方が実現できるように、雇用管理の在り方を転換していく必要があります。
実際、「1日8時間働くのは難しいけれど、5時間であれば働きたい」など、短時間労働を望む潜在的ニーズは計り知れません。
ならば、無理に8時間を求めるのではなく、最初から5時間で可能となるよう業務を調整してみてはどうでしょうか。
従来のように、長時間働ける人材ばかりに目を向ける発想からそろそろ転換する時期にきていると思うのです。
例えば、フルタイム+残業込みで働いてくれる1人から、短時間で働ける2人がワークシェアリングをする形など、多元的なシナリオを考えてもよいのではないでしょうか?
長時間働ける1人から、短時間働ける2人
「2人採用するより、1人の方がコストはかからない」という意見もあるかもしれません。
これについて、社会保険料(健康保険・介護保険・厚生年金保険料)の観点から考えてみます。
例えば、以下の労働条件で正社員のAさんと、短時間社員のBさん・Cさんの2人を採用するとしましょう。特定適用事業所で働き、短時間労働者として社会保険に加入することを前提とします。
<Aさん>
給与 36万円(通勤手当なし)
所定労働時間 8時間(週40時間)
月平均所定労働時間 160時間
残業は週10時間(月40時間)
上記から時間当たりの単価は2250円、残業手当は月112,500円となります(割増率は2割5分で計算)。
すると、毎月の社会保険料は以下のようになります。
※協会けんぽ東京支部、40歳以上(介護保険第2号被保険者)のケース
標準報酬月額:470,000円
社会保険料合計:70,218円
一方、短時間社員として働くBさんの労働条件は以下のとおりです。
<Bさん>
給与 22万5000円 (通勤手当なし)
所定労働時間 5時間(週25時間)
月平均所定労働時間 100時間
残業なし
時間当たりの単価は、Aさんと同じ2250円、残業手当はありません。
すると、毎月の社会保険料は以下のようになります。
※協会けんぽ東京支部、40歳以上(介護保険第2号被保険者)のケース
標準報酬月額:220,000円
社会保険料合計:32,868円
Cさんも同じ労働条件とした場合、社会保険料は2倍して65,736円になります。
フルタイム正社員のAさんを雇用した場合と、短時間正社員Bさん・Cさんの2人を雇用した場合で社会保険料を比較すると、Aさん1人を雇用するよりもBさん・Cさんの2人を雇用した方が社会保険料は約4400円が低い結果となりました。
Aさんについては、法定労働時間を超えて残業をしているため、割増賃金も発生します。
一方、Bさん・Cさんは残業がないため、労働に対する割増率は発生しません。
ちなみに、Aさんが残業を一切せず、それに合わせてBさん・Cさんの所定労働時間も週20時として試算すると、社会保険料は同額になります。
Aさんに残業して長時間働いてもらうより、Bさん・Cさんの2人がうまくワークシェアリングをすることができれば、リスクも分散できる利点もあります。
恒常的な残業が続けば、長時間勤務によるハードワークによって、身体や心を壊してしまうおそれもあります。ワークシェアリングができれば、個人負担も軽減されて生産性が高まることも期待できます。
業務をうまく切り出すことや、進捗状況を見える化して社内コミュニケーションを円滑にするなど課題もありますが、無理なシナリオとは思えません。
労使双方にとって望ましい働き方とは
会社側から提示される職務内容・勤務条件と、労働者が希望する働き方が合致しなければ、採用にもつながりません。
個々の職場や労働者の実情に合わせて、多様で柔軟な働き方の選択肢が広がれば、労使Win-Winになる可能性も高まっていくのではないでしょうか。
ちなみに、雇用均等基本調査によると、多様な正社員制度がある事業所は、2023年度で 23.5%となっている一方、短時間正社員として勤務できる事業所のうち実際に利用されているのは3.2%に過ぎません。
それだけ、現状では選択肢が限られているということですが、企業がこの点に目を向ければ、人材の採用にもつながっていくはずです。
労使双方にとって望ましい多元的な働き方を実現していくことは、企業における経営課題だけでなく、労働人口が減少していく日本にとって大きな課題といえます。