こんにちは、佐佐木 由美子です。
ビジネスの現場でも、私生活においても、「求められる人」には、あるひとつの特徴があります。
普段、ほとんど意識することはないのですが、ふと思いました。
それは、自分の意見を持ち、その人なりの言葉で表現できるということ。
意見とはその人の思考の結果であって、ある事象に対しての立ち位置を表したものともいえます。
例えば、「〇〇に対してどう思いますか?」と聞いたときに、「確かにそうだ。しかし、〇〇とも言える」とか「まぁよいのではないか」とか「普通は〇〇だ」といった返答だとしたら、あまり参考にはなりません。
それよりも、その人独自のフィルタを通してどのように映り、どのように考えるのか、その人ならではの意見を知りたいと思うはず。
それも、個性的であるほど、面白いと感じるものです。
この人ならば、どんな風に考えるのだろう?
きっと自分とは違う新しい視点があるのではないか?
そう思うからこそ、意見を聞きたくなるのです。
意見を求めて、人が集まってくるのです。
ですから、違っていることに、大きな価値があるともいえます。
日本人は、とかく空気を読むのが上手く、すぐ場に合わせようとするところがありますが、それは悪い癖かもしれません。
自分とまったく同じ人間などこの世にいないのですから、違っていて当たり前。
もし、あなたが友人から何か聞かれたとしたら、それはあなたの意見が知りたいのです。
「一般常識的な」「正しそうに感じられる」意見を聞きたいわけではありません。
そもそも正解のある問題であれば、調べればわかること。
そうではないから、人は悩み、試行錯誤するのです。
私自身が何か壁に当たったときに、人に求めるのは慰めや共感ではなく意見です。
辛口な意見であっても、自分とは真逆な意見であっても大いに結構。
むしろ違いを知り、意見を交わすことが面白いのです。
さまざまな意見を、どう自分なりに咀嚼するかは個人の問題です。
どうも世の中を見回してみると、すぐに正しい答えを求めたがる傾向がありますが、つらつらと考えて自分なりの解を見出していくプロセスも案外楽しいものです。
そして行動の結果、「ちょっと違ったな」と思ったら、また別の方法を試してみればいいだけ。
率直に意見の言い合える人間関係を築くことも、また大事なことですね。
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