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働き方

「年収の壁」に左右されない働き方

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こんにちは、佐佐木 由美子です。

政府が「年収の壁・支援パッケージ」を公表したばかりですが、個人的にこの問題については思うところがあります。

このエントリでは、「年収の壁」問題の背後にある社会経済情勢の変化と、主に女性の働き方との関連について、私見を述べます。

「年収の壁」問題はいつから?

日本の社会保障制度は、医療保険や年金保険に代表される保険の仕組みを用いた社会保険方式と、生活保護等に代表される公費財源による公的扶助方式とに大別できます。

すべての国民が医療保険及び年金による保障を受けられるという画期的な「国民皆保険・皆年金」を実現したのは、1961年のこと。

この時期には、大企業を中心とした日本型雇用慣行が定着し、それが社会保障制度の前提と位置づけられるようになりました。

1985年に国民年金法が改正され、年金制度が再編される中で、専業主婦の無年金化を防ぐために1986年4月に「第3号被保険者制度」が導入されました。

これがいわゆる「年収の壁」問題の始まりです。

年金保険料の負担については、医療保険と同様に個別に求めず、夫の加入する被用者年金制度で負担することとされました。

国民年金第3号被保険者(国民年金法第7条)

以下の①~③の要件が満たされることが求められる。

① 20歳以上60歳未満の者であって、厚生年金保険の被保険者(第2号被保険者)の配偶者であること

② 日本国内に住所を有する者(国内居住要件)

③ 第2号被保険者の収入により生計を維持するもの(生計維持関係)

※年収要件は130万円であったことから「130万円の壁」と言われるようになり、その後「106万円の壁」も加わっています。詳しくはこちらのエントリも参照ください。

法制化と女性の就業継続率の変化

国民年金法が改正された同年1985年の5月には男女雇用機会均等法が成立、女性の社会進出を後押しする法律が制度化され1986年に施行されました。

第一子出産別にみた出産前後の妻の就業変化(下図)を見ると、1985年~1989年において出産後の継続就業率はわずか23.9%。妊娠前から無職(35.3%)、出産退職(37.4%)が7割超を占めていることがわかります。

当時においては、結婚・出産退職により専業主婦となることが確かに多数派でした。

出所:国立社会保障・人口問題研究所 「第16回出生動向基本調査(夫婦調査)」

その後、1992年4月には育児休業法(後の育児・介護休業法)が施行され、就業継続の道が整備されます。ただし、当時は休業をしても経済的な支援はありませんでした。

1995年4月には雇用保険から「育児休業給付金」制度が創設(当時は給付率25%)され、2010年4月からは給付率が50%へ育児休業中に支給されるようになりました。

そして2014年4月からは、育休開始後6か月までは給付率67%、以降50%と、現在の形に。

こうした改正の経緯もあり、2010年以降の就業継続率が高まっていることが図表からもわかります。

働く女性は確実に増えていきました。

しかし、「年収の壁」を意識して、それ以上働くことを避けようと、就業意欲を妨げる原因になっています。

一定の年収(約106万円、130万円)を超えると、本人負担の社会保険料が発生し、手取りが減ってしまうからです。また、配偶者の会社から扶養していることを条件として支給される配偶者手当がなくなってしまうことを避けたいという思いもあるでしょう。

従来からの性別役割意識が根底にあることも見逃せません。

世間では、これを「働き損」などと称して、さも年収を抑えて働くことが得策かのような情報であふれています。

現状、第3号被保険者として恩恵を受けている人にとって、手取りが目減りすることを嫌がる気持ちはわかります。ただ、もっと広い視点で考えてみていただきたいのです。

なお、第3号被保険者となり得るのは、女性だけではありません。とはいえ、実情を見ると圧倒的に女性です。

2012年調査と比べ、2022年では第2号被保険者として働く(配偶者も第2号被保険者の)女性が28%から42%に大幅に増える一方、第3号被保険者は10ポイントダウンして43%となっており、両者拮抗している状況がうかがえます。

(出所) 厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成24年、令和4年)より、第7回社会保障審議会年金部会資料

「年収の壁」が労働市場の歪みをもたらす

第3号被保険者として恩恵を受けられるのは、結婚している人であり、さらにその配偶者が会社員または公務員として厚生年金保険に第2号被保険者として加入している場合です。

つまり、独身者や結婚していても配偶者が自営業者(第1号被保険者)の場合は、その恩恵に浴することはできません。

そうした人たちにとって、同じように働いても格差が生まれることは、働いても報われないというやるせなさ感を生み出しているとも言えます。

そもそも、働き方によってこうした格差が生まれる状況は決して好ましいものではありません。

そして、この「年収の壁」問題は、労働市場のメカニズムを大きく歪めています。

労働需要が労働供給(求職者)よりも多ければ給与は上がるものですが、年収を抑えたい人が労働市場に多く流れてくると、適正価格よりも低くなってしまいます。

企業も「年収の壁」を利用して、「扶養の範囲内」とするパートタイマー等の非正規雇用率を高めて人件費をうまく抑えてきました。

その多くは、かつて労働市場にいた優秀な女性たちです。

一度、仕事を辞めてしまうと、受け入れる労働市場としてパートタイマーをはじめとする非正規雇用しか選択肢がない、という状況が長い間続いています。

ところが、今やどこも人手不足感が強く、働き手がいないばかりに事業も十分に運営できない状況がクローズアップされるようになっています。

生産年齢人口の減少を鑑みても、この深刻さが今後さらに高まっていくことは間違いありません。

「年収の壁」による就業調整が、人手不足感に拍車をかけています。

一方、最賃賃金は上昇を続けています。

岸田首相は、2030年代半ばまでに時給を1500円まで引き上げると表明しました。

時給単価が上がれば、「年収の壁」を越えないようにさらに就業調整するなら、働ける時間がかなり限られてしまいます。そうした対応は、もはや現実的ではありません。

ある意味、「年収の壁」をうまく利用してきた企業が、「年収の壁」によって苦しめられているのです。

本気で人手を確保したければ、適正な処遇に改めるのが、本来の在り方ではないでしょうか。

手取りの減収など意に介さないほど、しっかりと企業が報酬を支払うなら、「年収の壁」など軽々と越えていくでしょう。

そうした体制がとれるように、企業も生産性を向上し、業績を高めていくことが求められています。

私たちの意識改革も

第3号被保険者制度が導入されてから、今年で37年が経ちます。

この間、社会経済情勢は大きく変化しました。

もはや時代に即さなくなってきている「年収の壁」という旧態依然とした制度は、見直すべき時期にきているのではないでしょうか。

これまでの女性の働き方を考えると、女性たちの意思というより、制度や社会の在り方などによって形作られてきたとも言えます。

無意識のうちに、それが正しいものだと信じて。

我が道を進もうとすれば、支援も受けられずに苦境に立たされる。それを乗り越えていくのは、いばらの道だったかもしれません。

誰だって、いばらの道を歩きたいとは思わないでしょう。

ただ、時代は変化しています。

「年収の壁」を意識して仕事を調整したり、働き方自体を左右されたりするのは、もったいないと思いませんか。

本当に自分はどのような働き方・仕事をして、どのくらい稼ぎたいのか。

真っ新な状態で、自分自身と向き合って考えてみることはとても大切です。

ただ、これを個人の問題としてのみ捉えるのは、あまりにも負担が大きすぎると言えるでしょう。

国も企業も、社会全体として大きく意識を変えていくことが求められている。そういう時期に来ているのだと思います。

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執筆者プロフィール
佐佐木 由美子

社会保険労務士、文筆家、MBA。グレース・パートナーズ株式会社代表。働き方、キャリア&マネー、社会保障等をテーマに経済メディアや専門誌など多数寄稿。

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