こんにちは、佐佐木由美子です。
直木賞を受賞された作家の米澤穂信氏のインタビュー記事を読み、心に感じるものがありました。
中学2年生から小説を書き始め、大学進学後もサークルには入らず、家でひたすら小説を書く生活を送っていたそうです。
小説家を目指すと家族に伝え、書店員として働き始めたときは、あまり反対されなかったと言います。後に理由を聞くと、「ずっと書いていたから。なれると思っていた」とのこと。
米澤氏は、「やりたい」と「やっている」では見られ方が違う。目標があるならば走り出してみる。私はそう選択した、と語っています。
小説家になる、というと、まるで雲を掴むような夢だと、普通は思うでしょう。
でも、米澤氏は夢という言葉ではなく、「目標」と言っています。
そして、身近な家族も「さもありなん」と受け止めているのです。
これは、真摯にずっとやり続けていたからに他なりません。だから、夢ではなく、目標になったのだと思いました。
翻って考えてみると、「やりたい」と思っていることはたくさんあるのに、実際にはやっていないことが何と多いことでしょう。
なぜ、やりたいと言いながら、やらないのか。
情熱が足りないから?
お金がないから?
自分に才能がないと悟るのが怖いから?
本気ではないから?
自分には無理だと始める前から諦めているから?
成功するのが難しいから?
「忙しい」「時間がない」という常套句は、言い訳に過ぎません。
たとえ本当に忙しくとも、1日の中で無駄な時間を省く努力をすれば、30分くらいの時間は作れるはずでしょう。
それさえもできない、と言うなら、それは本当にやりたいことではないのかもしれません。
時間というリソースは限られています。
それをどう使うかは、自分次第です。
世界に目を転じれば、砲弾に逃げ惑い、生死の境にいながら、日々必死に生きようとする人たちが大勢います。
彼らは、いくらやりたいと思うことがあっても、基本的な安全や自由が保障されていません。未来を描くことも容易ではありません。愛する人とも一緒にいられません。
それがどれほどつらいことでしょうか。
想像するだけで、私はひどく胸が締め付けられます。
一方、今こうして、命の危機に脅かされることもなく、日常生活を送ることができるのは、どれだけ恵まれていることでしょうか。
それなのに、いつまで言い訳を続けるつもりなのでしょう?
自戒を込めて言いますが、「やりたい」と「やっている」は全く次元が違います。
そして、「やっている」の積み重ねは、人生に大きな違いをもたらします。
だから、少しずつでもいいのです。
「やっている」と言える自分になりましょう。